2013年09月30日

益田幹夫 / Corazon (1979)

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キャロル・キングの表題曲カヴァーで幕をあけるニューヨーク録音作。デヴィッド・マシューズのアレンジワークも功を奏し、エレガントに包むストリングス隊と、弾力感溢れるアンソニー・ジャクソンのベースにハリのあるバーナード・パーディのドラムによる強固なリズムが、タッチの強弱でしなやかにうたう主役の鍵盤を流麗に装飾しながらガッチリと下支え。安易な楽園ムードとは一線を画す、シカゴの「Another Rainy Day In The New York City」や渡辺貞夫「Samba Em Praia」といったカヴァーでのトロピカルテイストや、自作曲「Let's Get Together」で仄かなスリルをまとったグルーヴを演出するエレピサウンドは、東海岸の強者達と堂々と渡り合う鍵盤奏者としてのさりげない主張を、慎ましやかながらもクッキリとした輪郭で描いている。


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2013年09月23日

グレーの居心地

Michael Gately / Gately's Cafe (1972)

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イタリア在住の日本人に
原稿執筆の仕事を依頼したことがある。
かれこれもう10数年前のこと。
イタリアならではの季節の行事を
現地からのレポートのような形で紹介してもらうという
定期連載の依頼だった。

メールであれこれやりとりする中で、
イタリアには「バール」とか「バル」と呼ばれる
カフェとバーの中間のような店が数多くあることを教わった。
最近でこそ日本でも
そんな意匠を掲げる店が出始めてきたけれど、
当時はまだ少数派。
昼はカフェ、夜は酒飲み処となる店はあるにはあったが、
軒数が比較にならないほどイタリアにはあるらしく、
文化や習慣の違いを感じたものだった。

カフェとバー。
というと思い出すのが、
マイケル・ゲイトリーが72年にリリースしたソロアルバム
『Gately's Cafe』だ。

ゲートフォールド仕様のダブルジャケットを開くと、
アルバムタイトルを模したと思われる店内風景が描かれている。
数々のボトルに、バーカウンター。
ひげ面に、くわえ煙草。
無愛想に酒を注ぎ、自らも一杯ひっかけながら、
明日の天気と次のBGMを考えるバーテンダー風の男。
そんな物語の一コマを演じる男こそアルバムの主役、
マイケル・ゲイトリーだ。

そう、ここはGately's Cafe。
バーではなくカフェなのだ。
見た目はバーだが、昼はカフェなのだろうかなどと、
タイトルとアートワークのアンバランスな感触を抱きつつ、
肝心の音はというと、
これまた不思議な味わいがある。

以前からソングライターコンビでもあった
盟友ロバート・ジョンと書き分けた楽曲たちを、
旧知の仲でもあるアル・クーパーがプロデュース。
巨漢の風体とは裏腹に、
優しく柔らかなゲイトリーの歌声を重ね録り、
アコースティックなテイストと
弦楽器のアンサンブルをしとやかに織り交ぜるアレンジで
フォーキーで暖かみのあるスウィートな演出を施しつつも、
どこか刺々しく、
陰鬱でビターな味わいが香る音空間は、
ゲイトリーの繊細な肌触りを十二分に引き出す仕事ぶり。
トラックダウンはニューヨークだが
録音場所はロンドンという点も、
暖色と寒色が押し退きしあっている要因だと
深読みしたくなる。

その英国からは、
当時アル・クーパーが懇意にしていた
エルトン・ジョンのバックバンド兼ミュージシャン集団
フックフットの面々が参加。
贅肉を削ぎ落としたシンプルなリズムが、
聴き手のイマジネーションを刺激しながら
じわりと足跡を残していく。

その流れからか、
アル・クーパー作「The Piano Player's Gone」では、
フリーのギタリスト、ポール・コゾフが客演。
朴訥としたゲイトリーの歌声を
熱を持ったテイストで包み込むコゾフのギターは、
エッジの効いたブルージーさで、
楽曲の濃淡を瞬時に描きだす。

かと思えば、
同年、ウィスパーズがカヴァーしたメロウな一曲
「You're What's Been Missin' From My Life」で聴ける、
物悲しさと切なさを表情に出さない苦笑いのような佇まいや、
どっしりと鎮座するリズム隊を引き連れて高揚する
「Color All The World」のどこか安堵する趣きなど、
やわらかな心持ちによるメロウネスの雫をも
聴き手の器に静かにしたためていく。

緊迫と緩和が反復し合う、
気がつくと聴き入ってしまう不思議な説得力を残す楽曲は、
ハートウォームなゲイトリーの風合いに交じって、
裏方から表舞台への階段を歩もうとする主役が抱えた、
高揚や野心や不安や葛藤といったナイーヴな感情が、
ポップな姿を纏おうとしながらも
意図せずはみ出し行き来しているかのようにも映る。
あるときはカフェであり、あるときはバーにもなる
程よい緩急のメリハリでゆるやかに紡がれる物語は、
スウィートでありビター。
白でも黒でもないグレーな佇まいは、
東海岸のミュージシャンを揃え輪郭を研ぎ洗練を加味した
ソロ2作目となる次作『Gately: Still 'Round』でも
変わることなく引き継がれる。
どちらともいえず、
答えを急ぎ過ぎないことを良しとする居心地のよさが
ここにはあるのだ。
 
アルバム中ジャケのバーカウンター。
その壁面に飾られた小さな看板にふと目がとまる。

 I AM NOT A FAST BARTENDER.
 I AM NOT A SLOW BARTENDER.
 I AM A HALF FAST BARTENDER.

ゲイトリー自身、
白黒つけるのはお好みではないようだ。


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2013年09月02日

Herb Geller / An American In Hamburg - The View From Here (1975)

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サックス奏者ハーブ・ゲラーの70年代中期らしいジャズファンク色濃いドイツ録音盤は、マーク・マーフィーらをリードヴォーカルに起用しビターな艶やかさを加味しながら、それら楽曲のヴォーカルなしインスト版をも揃えた二枚組。全編ファンキーで軽妙なリズムが粒ぞろいのなか、キレを携えどっしりと鎮座するドラムとベースのグルーヴが印象的な「Sudden Senility」は、中盤、テンポをスローに変化させるコンセプチャルな風貌ながらも、主役ゲラーの奥行きあるサックスが縦横無尽に宙を舞う、これぞジャズファンクの名に相応しいキラーチューン。オランダの強者ローズピアノ奏者ロブ・フランケンのエレピも、隙き間を縫いながらそこかしこに彩りを添え駆け巡る。インスト版を省いたほぼ同内容の『Rhyme And Reason』も米国アトランティックから同年リリース。


posted by ウエヤマ at 00:25| Comment(0) | エレピ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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